東京地方裁判所 昭和37年(ワ)6859号 判決 1967年10月07日
原告 相互交易株式会社
右訴訟代理人弁護士 小林一郎
被告 スベンドボルグ船舶株式会社
被告 一九一二年船舶株式会社
同 イーベル・ホッペ
右被告両名訴訟代理人弁護士 ジョン・ビー・クリステンセン
関口保太郎
他四名
主文
被告両名は各自原告に対し、金二七〇万九六六八円およびこれに対する昭和四二年一〇一七日から年四分の割合による金員を支払え。
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用はこれを二分し、その一を被告らの連帯負担とし、その一を原告の負担とする。
本判決は、原告勝訴の部分にかぎり、仮に執行することができる。
事実
第一、当事者の申立
原告訴訟代理人は、「被告両名は各自原告に対し金五三八万二五九三円ならびにこれに対する訴状送達の日の翌日から完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え、訴訟費用は被告らの負担とする」との判決ならびに仮執行の宣言を求めた。
被告ら訴訟代理人は、本案前申立として、「本件訴を却下する、訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、本案につき「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。
第二、当事者の主張
原告訴訟代理人は、請求の原因として次のとおり述べた。
一 被告両名はデンマーク法によって設立され、海運業を営む社団法人であり、汽船イエッペセン・マエルスク号を共有している。
二(一)訴外香港ルン・タイ・トレーディング・カンパニーは昭和三六年八月二四日香港において、被告両名に対し、グローブ印野菜漬物(四川搾菜)合計一、二五〇瓶の香港港より、日本国横浜港までの海上運送を委託したところ、被告らはこれを引受け、右運送品を前記イエッペセン・マエルスク号に積込み、荷番号第一ないし第六二五号の運送品につき、証券番号第一〇号の、荷番号第六二六ないし第一、二五〇号の運送品につき証券番号第一一号の各船荷証券をそれぞれ指図式にて発行し、前記訴外会社にこれを交付した。
(二) 原告は、右船荷証券二通を右訴外会社より裏書により譲り受け、右運送品の引渡当時これを所持していた。
(三) 右船荷証券には、いずれも本件運送品が「外観上良好な状態で本証券掲記の荷送人により本証券に掲げる船舶に船積された」旨の船積認証文言が記載されており、そして右文言に対する何らの留保文言も記載されていない。
三 本件運送品を積んだ前記汽船は、昭和三六年九月四日横浜港に到着し、本件運送品は同月六日右汽船より荷卸して原告に引渡されたが、その引渡のときにおいて既に内六五六瓶が破損し、その内容物の漬物も腐敗して食用に適しないものとなっていた。右破損腐敗の事実は同月八日およびその後東京芝浦埠頭において行なわれた日本海事検定協会による検品の結果確認されたものである。
四 原告は同月七日書面にて被告両名に対し、右破損腐敗の事実および損害発生の事実を通知した。
五 被告両名は、本件海上物品運送契約による運送品の保管及び引渡義務の不履行により原告に損害を与えたものであるから、その損害を賠償する責任がある。その損害額は次のとおりである。
本件運送品たる野菜漬物の横浜港到着時における本邦市場価格は、正味四〇キログラム入一瓶につき、少くとも金九、五七七円六二銭を下らなかったので、六五六瓶分は金六二八万二九一五円となるが、損傷物については輸入税金九一万二五二二円が免除されたのでこれを差引き、他に損害検査のために前記日本海事検定協会へ検査料金一万二二〇〇円の支払いを余儀なくされたので、これを加えると計金五三八万二五九三円となる。
六 よって原告は被告両名に対し、それぞれ右損害金およびこれに対する本件訴状送達の日の翌日から完済に至るまで商法所定の年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
七 なお被告両名の本件契約の債務不履行責任については本件船荷証券には同証券が英帝国領域又その他の国の法律により強制適用される海上物運送に関する法律殊にブラセル条約を実施するために制定された法律命令の規定に従い効力を有する旨のいわゆる至上約款が記載されているので、香港海上物品運送令等の香港法又は同地を支配する英国法に準拠し損害賠償の履行遅滞による損害金債務の発生及びその割合について本件船荷証券の裏書が行われた日本の法律に準拠すべきである。そして、被告らの本案前管轄違の抗弁および本案の抗弁に対し次のとおり述べた。
一、(一) 被告両名は「マエルスク・ライン」の名称をもって海運業を営み、東京都千代田区丸の内パレスビルデイング内にある訴外マエルスク・ライン・リミテッドの店舗において積荷の集荷、船荷証券の発行、運賃の取立、損害の査定、損害賠償等被告らの海運業務一切を右会社を代理店とし、取扱っているものであるから、右店舗は被告らの営業所である。
(二) 又、本件海上物品運送契約の準拠法は前述のとおり、香港法又は同地を支配する英国法であるところ、英国法によると、債務の履行の場所は債権者の住所又は営業所である。そして本件船荷証券による運送品の引渡地は日本であり、原告は東京に住所を有する。したがって民事訴訟法第九条第五条の各類推適用により、わが国の裁判所に管轄権があり、国内管轄権についても東京地方裁判所に管轄権がある。
(三) 本件各船荷証券に被告ら主張のような裁判管轄約款が記載されていること、被告らが昭和三九年一月三一日の口頭弁論期日において、右約款に従い、コペンハーゲンの裁判所の管轄権を選択する旨の意思表示したことは認めるが、右裁判管轄約款は無効であり、又仮に有効であるとしても本件のような場合には管轄選択権の行使は無効である。すなわち
(1) 国際的裁判管轄の合意は、当事者に当該合意された裁判所へ提訴する権原を与えるが、その合意に当該事件につきわが国の裁判所が本来有している裁判管轄権まで排除する効力を認めることは日本国憲法第三二条に違反するから許されない。蓋し憲法第三二条は国民の裁判をうける権利を基本的人権として保障し、これを奪い又は放棄することを禁止しているからである。
(2) 仮に本件裁判管轄約款が有効だとしても、本件海上物品運送契約の準拠法たる香港海上物品運送法第三章6(3)によれば、運送品の引渡のあった日より一年以内に訴が提起されないかぎり、運送人は運送品に関する損害賠償責任を免れる旨定めているので、管轄選択権は、遅くとも右出訴期間内に行使されなければならない。しかるに本件運送品は、昭和三六年九月六日原告に引渡されたものであるところ、被告はそれより二年以上経過してから本件管轄選択権を行使したからそれは無効というべきである。
二、 被告らの本案仮定抗弁三の(二)の主張事実中、本件各船荷証券に被告主張のような損害賠償額予定の送状価額約款の記載があること、本件運送品の横浜港におけるC・I・F価格が被告主張のとおり一瓶につき金五五六四円であることは認める。しかしながら右送状価額約款は、送状価額が運送品一単位につき一〇〇英国ポンド未満であった場合には結局において運送人の責任最高限度額を一〇〇英国ポンド未満に定めるものであるから、運送人の責任を免除ならびに軽減する特約を禁止する香港海上物品運送令第三章8に違反し無効である。被告訴訟代理人は本案前の抗弁、請求原因に対する答弁および抗弁として次のとおり述べた。
一、本件につき東京地方裁判所は、国際的にも国内的にも裁判管轄を有しない
(一) 被告らは、日本において事務所、営業所、業務担当者を有しない。東京都千代田区丸の内一丁目一〇番地パレスビルディング内にあるマエルスク・ライン・リミテッドの営業所は、被告らの営業所でなく、米国デラウエア州法に基づき設立された。被告らとは全く別個の法人の営業所であって被告らの海運業務を代行する代理店である。
(二) 本件海上物品運送契約の締結及び本件各船荷証券の発行は香港にてなされたので、本件債務の履行地が、法例第七条第二項により香港法によって定められるとしても、少くとも日本ないし東京が履行地ではない。
(三) 本件海上運送契約に際し、被告らが荷送人たる訴外ルン・タイ・トレディング・カンパニーに対し発行交付した本件各船荷証券には「本件船荷証券より生じた滅失、損傷、不足引渡、その他に対する一切の請求は、運送人の選択により他の全ての国の裁判手続を排除し、コペンハーゲン市の裁判所において、デンマーク法に準拠して審理されるものとする」との約款が記載されている。被告らは、被告らが初めて適式な呼出を受け、弁論をなす機会を与えられた昭和三九年一月三一日の第四回本件口頭弁論期日において右裁判管轄約款に基づきコペンハーゲンの裁判所の管轄を選択する旨の意思表示をした。従って本来東京地方裁判所に管轄権があるとしても、それは排除された。被告らの右管轄選択権行使の時期が原告の出訴期間経過後ではあるが被告らが右のような管轄選択権を有している以上、原告がその不安定な地位を除くためには、被告らに対し右選択権の行使を催告すべきであるのに、被告が催告をしなかったのであるから、被告らの選択権行使により本訴が却下されることになってもやむ得ない。
二、請求原因事実中、本件運送品たる瓶を横浜港で原告に引渡した当時の破損数およびその損害額は否認するが、その余の事実はすべて認める。横浜港で原告に運送品を引渡した当時瓶が破損して、中味の搾菜の食用に供し得られなくなっていたものは四八七瓶である。
なお、本件が日本で裁判されるならば、本件海上物品運送契約上の責任等は、香港法に準拠して決められるべきである。
三、仮に前記本案前の抗弁が理由がないとしても、
(一) 本件運送品の損傷は、被告らの保管または運送等の不注意によるものではなく、運送品の特殊な性質および荒造りの不完全によるものである。すなわち、密封した瓶の中で漬物の腐敗等により発生したガスが膨張し、しかも瓶の地の厚さが不均一であったため、瓶が破損したことによるものである。
(二) 仮に本件運送品の破損につき被告の責任があるとしても本件各船荷証券には「物品の価額が一包又は一単位につき一〇〇ポンド未満のとき運送人が責任を負うべき損害賠償請求額の算定調整をする場合には、右物員の価額は、価額決定の不正確、困難をさけるため、その他の価額の大小を問わず、送状価額ならびにもし支払済ならば運賃保険料を加えたものとみなす」旨のいわゆる送状価額約款の記載がある。しかし本件運送品の一包当りの価額は原告主張によるも一〇〇英国ポンド以下の場合に当るから、右約款によれば、被告は本件漬物瓶一個につき、送状価額、運賃額および保険料額の合計額を賠償すればよい。しかして、右合計額とは到着地横浜港におけるC・I・F価額にほかならないところ、本件の場合一二五〇瓶分C・I・Fの価額は六九〇〇英国ポンドであるから、一英国ポンドを金一〇〇八円で換算し、右全瓶数で除算すると被告は一瓶につき金五五六四円の割合で損害賠償すればよいことになる。
第三、立証関係<省略>。
理由
一、請求原因事実は、本件運送品である瓶入漬物の横浜港で被告より原告に引渡された当時の破損数およびその損害額を除いて、全て当事者間に争いがない。
二、そこでまづ本件について当裁判所が国際的ならびに国内的に裁判管轄権を有するか否かについて検討する。
(一) 国際的裁判管轄について、
渉外民事事件について、その国除的裁判管轄権がどこの国の裁判所にあるかに関しては、その事件が問題となっている国(法廷地国)の国際民事訴訟法により決定されるものというべきところ、わが国にはこのような国際民事訴訟法ともいうべき法規は存在しないので、条理上、事件の国際性および合理的国際慣行等に反しないかぎり、わが国民事訴訟法の国内管轄に関する諸規定を類推適用することによって処理するのが相当である。
(1) 特定の専属的裁判管轄を任意選択できる旨の合意の効力、本件各船荷証券に、被告らの主張するような裁判管轄約款が記載されていること、被告らが右約款に基づき本件口頭弁論期日である昭和三九年一月三一日に他の裁判所を排除し、コペンハーゲン市の裁判所で本件を裁判することを求める旨の意思表示をし、管轄選択権を行使したことは当事者間に争いがない。そこで右選択的裁判管轄約款によりわが国の裁判所の国際的裁判管轄が排除されるがどうかを判断する。約款が訴訟行為的合意であり、かつ問題がわが国の裁判所の裁判管轄権を排除するという合意の成立と効力に関するから、本件裁判管轄約款の成立およびその効力の準拠法は、いわゆる契約の準拠法でなくて、これを問題にする法廷地たる日本の国際民事訴訟法によるべきである。
そこで、本件のような船荷証券上の約款による裁判管轄の合意について考える。わが国民事訴訟法第二五条の法意ならびに書面による合意を必ずしも要求していない諸外国の立法例等に照し、船荷証券に管轄合意の内容が明らかにして記載してある限り、船荷証券の所持を前提にして行動する者は、右裁判管轄約款を含めて船荷証券の全約款を承認したものと解して、これと運送人との間に裁判管轄の合意が成立したものと考えるべきである。
そして右合意によってわが国の裁判管轄権が有効に排除される要件としては、(イ)当該事件がわが国の専属管轄に属しないこと、(ロ)わが国の裁判管轄権を排除する結果として指定される当該外国の裁判所がその事件につき裁判管轄権を認めること、をもって足りると解する。
本件は、その性質上わが国の裁判所の専属管轄に属さず、また指定されたコペンハーゲンの裁判所が、被告らの本社所在地を管轄する裁判所でもあるので、本件につき裁判管轄を認めることは明らかである。従って、選択的に右裁判所を管轄裁判所とする合意は有効である。
しかしわが国民事訴訟法第二九条によれば、管轄の有無を判断する基準時を訴提起の時と定めており、事件審理の円滑、訴訟手続の安定を求める同条の法意は国際民事訴訟上の条理にも合致するので、これを国際民事訴訟にも類推適用すべきである。本件訴は、被告の選択権行使前に提起されたものであるが、わが国に本件訴提起当時国際的裁判管轄権があること後述のとおりであるから、被告の選択権の行使によりこの管轄権が失われるかという問題を生ずる。後述のとおり、本件の契約の効力に関する準拠法は香港法であるが、同法の船荷証券による海上物品運送規則第三章6(3)は、運送人の責任について、運送品が引渡された後、一年以内に訴が提起されない限り、運送人及び船舶は、運送品の滅失又は損害につき一切の責任を免れる旨規定している。これによって見れば、訴提起当時わが国が国際的裁判管轄権を有し、訴は適法であったのに、訴訟係属中、運送品が引渡された日から一年を経過した後に被告が前記選択権を行使するときは、コペンハーゲンの裁判所において、わが国の裁判所への訴提起を右規定にいう運送品の引渡により一年内の訴の提起として有効視して処理することが認められない限り、被告は損害賠償の責を免れることができることになる。この結果は原告にとって著しく酷である。選択権の行使により専属管轄裁判所を定めることができる旨の合意の趣旨は、その裁判所で損害賠償責任の有無を適法に争って判断を受けるためのものである。選択権を行使した結果、被告が免責条項の利益を受け、合意された裁判所へ訴を提起することが無意味に帰するような選択権の行使が許さるべき道理はない。契約当事者がこのような不合理な合意をしたと解すべきではないからである。原告が本件物品の引渡を受けた日が昭和三六年九月六日であり、被告らが選択権を行使したのが訴訟係属中で、しかも引渡時より一年以上を経過した昭和三九年一月三一日であるから、右選択権の行使は無効であり、これによりわが国の裁判権が排除される理由はない。
そこで次に本件訴提起当時わが国の裁判所に国際的裁判管轄があったか否か判断する。
(2) 義務履行地どしての裁判管轄権の有無
当事者が本件海上物品運送契約の効力について、いずれの国の法律による意思であるかが分明ではないが、右契約は香港で締結され、その船荷証券も同地で発行されているので、右契約の効力については、香港法が準拠法になるものと解される。そして弁論の全趣旨によれば香港法においては債務不履行等から生ずる損害賠償義務すなわち金銭債務の履行の場所は、債権者の住所地ないし営業所所在地であると解されるから、本件損害賠償債務の履行の場所は原告の営業所所在地である東京都である。従って民事訴訟法第五条の類推適用により、わが国の裁判所は、本件につき国際的裁判管轄権を有するものというべきである。
(二) 国内的裁判管轄権について、
本件損害賠償義務の履行地が東京都であることは前述のとおりであるから、当裁判所は民事訴訟法第五条により、本件につき国内的裁判管轄を有する。
以上、右(一)に判示したところによれば当裁判所は本件訴につき、国際的ならびに国内的裁判管轄を有しているから、被告らの本案前申立は理由がない。
三、本件運送品の横浜港における引渡当時の破損個数について、本件運送品が昭和三六年九月四日横浜港に到着し、同月六日汽船から荷卸して原告に引渡されたこと、引渡当時少くとも四八七瓶が破損して、その中味が食用に堪えないものとなっていたことは、当事者間に争いない。
原告は、引渡当時破損していたものは、右四八七瓶を超え、六五六瓶であったと主張する。右の事実に<証拠省略>によれば、本件運送品は、昭和三六年九月六日原告が横浜港において被告の汽船から引渡を受け、原告の傭った艀船に積込まれ、同船をもって東京港へ海上運送の上、同月七日及び八日に芝浦埠頭に陸揚げされ、原告の申請に基づき、一般海事検査員宮坂幸男が同月八日及びその後の数日間芝浦埠頭において、右運送品を検査したところ、原告主張のとおり六五六瓶が破損して食品として不適であることを発見したことが認められ、右認定に反する証拠はない。しかしながら、右認定の破損数をもって同月六日横浜港における引渡時の破損数と推定するためには、右引渡時から検査時までに瓶の破損することが予想されるような状態のなかったことが高度蓋然性をもって立証されなければならないのであるが、証人宮坂幸男の証言によってもこの事実を認めるに足りず、その他これを認めるに足りる証拠はない。
ことに前記のように引渡後横浜港から東京港へ海上運送を経て、芝浦埠頭に陸揚げされ、その後数日間にわたって検査が行われている事実に徴するときは、前認定の破損数をもって、当然引渡時の破損数と推認することはできない。その外に、引渡時に四八七瓶を超える数量の破損のあったことを認めるに足りる証拠は全くない。
四、右瓶の破損原因およびその帰責について
被告らは本件瓶の一部が破損したのは、中味の漬物が発酵しガスが発生し、輸送中に受けた高温で膨張し、しかも本件瓶の一部の地の厚さが不均一であったためであると主張する。証本松本憲児の証言中には右主張に副う部分があり、また成立に争いない乙第一号証も、松本憲治の意見としてその旨の記載がある。しかしながら右証言によると、松本憲児が本件瓶の破損原因を右のように判断するに至った根拠というのは、密封物に熱が加わると中の気体が膨張するという単なる理学的知識と、破損瓶の中に放射状でなくて一直線にひびが入って割れていたものがあったということに尽きるのであって、本件瓶を使って熱を加える等の実験をしたり、強度鑑定等をしたりしたことはないことが認められる。してみると右松本の原因判断も極めて根拠薄弱でにわかに措信できないから、右証言及び乙第一号証をもってしては被告らの右主張事実を認めるに足りない。
又証人松本憲児の証言には、本件破損した瓶の一部には厚さが五ミリから一センチ五ミリにわたる不均一なものがあった旨の部分があるが、中味の膨張の可能性が化学的根拠をもつて立証されない本件においては、右の厚さの不均一をもって、破損の原因と認めることはできない。その他被告らの右主張事実を認めるに足りる証拠はない。
以上により、本件運送品のうち四八七個の瓶が破損し、中味の搾菜が食用として不適となったことは、被告らの船舶乗組員の運送品の取扱、積付、運搬又は保管が不適当に又は不注意に行われた結果生じたものといわざるをえないから、被告らは原告に対し、これによって原告が被った損害を賠償する責がある。
五、原告の請求し得る損害額―いわゆる送状価額約款の効力―
(一) 本件各船荷証券には、同証券記載の運送について生ずる運送人の損害賠償責任額につき、被告がその三の(二)の抗弁で主張しているように、運送品の送状価額等によって算定する旨のいわゆる送状価額約款の記載があること、本件漬物入瓶一個の実額が多くても一〇〇英国ポンド未満であることは当事者間に争いがない。そこで右送状価額約款が結局において運送人の責任限度額を一〇〇英国ポンド未満に定めるものであって、運送人の責任を軽減する約款として無効になるかについて検討する。
香港海上物品運送令第四章5(1)には、「運送人又は船舶は、いかなる場合においても、物品の又は物品に関する滅失又は損害について、一包又は一単位につき一〇〇ポンド又は他の通貨においてこれと同等額を超える額について責任を負わない。ただし当該物品の性質および価額が荷送人より船積前に通告され、かつ船荷証券に記入されている場合は、この限りでない。(以下省略)」と規定し、同章5(2)には、「運送人、船長又は運送人の代理人と荷送人との間の協定により本項に規定したる額と異る最高額を定めることは、その最高額が前記数額を下らないならば、許される。」と規定している。
第四章5(1)の規定は、予期しない過重な損害賠償の負担から運送人を解放するべく、実損額が一〇〇ポンド以上であっても、船積前に通告され、かつ船荷証券に記載されない限り、運送人の責任を一〇〇ポンドに限定しようとするものであるが、同章5(2)の規定は、右5(1)の規定をうけ、当事者の協定によって一〇〇ポンド以上の額を責任最高限度額としてもよいことを定めている。右両規定の建前から見るならば、当事者の協定によって一包又は一単位につき一〇〇ポンド以下の価額を定めることが許されないのは、実額が一〇〇ポンド以上の物品についてであることが明白である。実額が一〇〇ポンド以下の場合において協定をもって一〇〇ポンド以下の賠償額を定めることは右規定に反しない。又同運送令第三章8(1)は、運送人の責任を免除し、又はその責任を第三章の規定に反して軽減する約款は無効としているが、右のような実損額が一〇〇ポンド以下の場合において協定をもって更に実損額以下の賠償を定めることは右運送令第三章(船荷証券に関するブラッセル条約第三条と同内容)のいずれの規定にも直接反しているわけでもない。しかし右運送令第四章5(1)(2)の規定および第三章8(1)の諸規定の趣旨に鑑みると、実損額が一〇〇ポンド以下の場合においても、運送人又は船舶を不当に免責するような結果となる賠償額の協定は無効になると解すべきである。
本件船荷証券の送状価額約款のように物品の実損額が一包又は一単位につき一〇〇ポンド未満のときにのみ適用されるような形式で定めた損害額の約款の場合、これが運送人らを不当に免責するような結果になるかについて考える。
そもそも、送状価額なるものは、運送人らの関与しない荷送人(売主)と船荷証券の被指図人(買主)との間で決定され、船主が船荷証券において、その所持人に対する損害賠償額をC・I・F価格に限定することを約するのは、運送人に賠償責任発生の場合、到着地における運送品の市場価額算定の困難や不正確を避け、損害賠償を迅速円滑になさせることと、運送人および船荷証券所持人双方を運送途中における相場変動の危険から隔離しようとする機能を有するものである。運送途中における相場の変動を考慮するならば、C・I・F価格によるのと実損額によるのとでは、いずれが有利であるかは、価格変動の如何にかかっている。C・I・F価格によることが一概に運送人らの責任を軽減するものとは断定できない。C・I・F価格による損害賠償を得るならば、買主は少くとも、自己が支払った代金相当額の賠償を得られるのであるから、船荷証券所持人に不利なる約款ともいえない。従って本件船荷証券の送状価額約款は不当に運送人を免責する結果となるものではないのでこれを無効というべきでない。
(二) 右のとおり本件送状価額約款は有効であるから、船荷証券所持人たる原告もこれに拘束され、実損額が右送状価額以上であることを主張して、実損の賠償を請求することはできない。本件破損瓶入漬物に対する損害額は、破損数分の、送状価額、運賃、保険料の合計額とみなされるところ、右合計額とはC・I・F価格にほかならない。本件瓶入漬物のC・I・F価格を円に換算すると、一瓶につき金五五六四円になることは当事者間に争いがない。従って前認定の破損瓶数四八七個分の価格は、金二七〇万九六六八円となり、原告は、被告の債務不履行により、これと同額の損害を被ったわけである。
六、損害賠償債務の不履行による遅延損害金について、
(一) 原告は損害賠償債務の遅延損害金を決定する準拠法は、本件各船荷証券が日本で裏書されたから、日本法であると主張するが、裏書行為の結果遅延損害金債務が発生するわけでもないので、裏書行為の場所をもって準拠法連絡事由とするのは当を得ない。遅延損害金は主たる債務に依存する附随的給付義務であるから主たる債務の準拠法の支配を受けるものと解すべきである。
従って本件の場合遅延損害金についての準拠法は、香港法によるべきものであるから、同地を支配している英国法に準拠するのが相当である。
(二) 英国では普通法上、特別の約束がない限り、金銭債権又は損害賠償請求の訴訟において利息を請求することが許されなかったが、一八三八年制定のJudge-ment Actにより判決の言渡の日から年四分の利息を請求することが許されるようになり、更に一九三四年制定のLaw Reform Actにより訴訟原因発生の日と判決の日との間の期間に対しても、裁判所の裁量により、その適当なりと考える利率および期間の利息を附してもよいことになった。
しかしLaw Reform Actに定められた裁判所の裁量権限は、英国の訴訟法上、英国の裁判所に附与された権限と解せられるので、わが国の裁判所はかかる裁量権限を行使することはできないというべきである。
従ってJudgement Actに定めるところに準拠し、原告の遅延損害金請求は、本判決言渡の日から年四分の割合の限度でこれを認める。
七、以上によれば被告両名は、原告に対し損害賠償金二七〇万九六六八円およびこれに対する本判決言渡の日である昭和四二年一〇月一七日から年四分の割合による遅延損害金を支払う義務があり、原告のその余の請求は理由がないことになる。
よって右の限度で原告の請求を認容し、その余は棄却し、<以下省略>。
(裁判長裁判官 岩村弘雄 裁判官 舟本信光 鬼頭季郎)